出産=痛い
「鼻からスイカが出る痛さ」とか「人生で一番痛い」とか
いろんなところで聞き続けたせいで、妊娠がわかった時、嬉しいと同時に、その痛みへの恐怖が湧き上がった。
だから、なんの躊躇もなく、以前からなんとなく知っていた無痛分娩を選んだ。
だって人生で1番の痛みを避けられるんだから。
そして、痛みに耐える覚悟も無いまま、出産の日を迎えてしまった。
まさか3日もかかるとは思いもせずに、、、。
Contents
1日目
無痛分娩は麻酔科医がいる平日の日勤帯にしかできないので、
出産予定日の2日前に入院し、陣痛を誘発させることになった。
前駆陣痛も来ていなかったので、本当にもう産まれるのかと、他人事のように感じながら病院へ向かう。
入院してすぐ、出産用の寝衣に着替え、手術室へ歩いていく。
背中にカテーテルが入る。なんとも言えない神経痛が背中に走り、すぐになくなった。
それでも、この程度の痛みに怖気付く。そして、カテーテルが入っていることによる背中の違和感のような、軽い鈍痛が、カテーテルを抜くまで居座った。
それからすぐに、内診と、バルーンという膣を広げる機材を入れる。
内診も、妊婦検診の時のような優しいものではなく、グリグリ押されて、痛みで悶えた。
「まだ開いてないから、今日は産まれないと思うけど、頑張りましょう」
そう言われても、何を頑張ればいいのかも分からない。
そして、病室に戻りベッドに横になると、陣痛誘発剤の内服が始まった。
1時間に1錠。プロスタグランジンと書かれた錠剤。
痛みを感じるホルモンの一種だったな、と思いながら、怖々服用した。
しばらくすると、重だるい痛みが出てくる。
それでも、痛みは我慢できる程度で、スマホを触りながら、暇な時間を潰していた。
0から10でいうと3くらい。
お腹に乗せられている、赤ちゃんの心拍数と子宮の収縮を測る機械が、無機質なピーピーという音を立てている。
そのやたらと速い音を聞きながら、エンジェルサウンドで聞いた音と同じだな、とのんびりしたことを考える。
昼食はなんなく完食した。
そんな余裕な時間はすぐに過ぎ、14時頃には下腹部と膣の痛みが強くなってきて、助産師さんに、もうきついと訴える。
当時の自分にとっては10/10くらいの痛みだった。
内診をするけど、まだ子宮口は2センチしか開いていないとのことで、我慢の時間は続く。
無痛分娩の麻酔を入れると、陣痛が弱くなることで子宮の収縮が弱まって、出産が遅れるらしい。
だから、今入れると全く進まなくなってしまうからとのことだった。
知識としては知っていたけど、それまでにこんなに痛いとは聞いてない、と思いながら、準備不足、覚悟不足を嘆く。
結局、初日はそのままバルーンを抜いて、陣痛誘発材も止めると、背中のカテーテルの痛み以外は、完全に痛みはなくなった。
2日目
今日もあの痛みに耐えるのか、と憂鬱な気持ちで1日が始まる。
赤ちゃんに会える楽しみもあるが、この痛みから一刻も早く逃れたいという思いに駆られる。
心を奮い立たせるも、昨日より大きいバルーンが入り、昨日より恐らく強いであろう、点滴の陣痛誘発材が入ったことで、痛みはあっさり昨日より強くなり、心はあっという間に折れそうになる。
「出産は体力使うから、できるだけ食べてね。」
と声をかけられ、仕方なく昼食は胃に押し込んだ。
5分おきにやってくる下腹部の痛み。
お腹を殴られるような痛み。痛くて痛くて、我慢の限界を超える。
今まで経験してきた10レベルの痛みが3くらいに感じるほど、痛みの閾値が広がっていく。
16時前、ようやくカテーテルの麻酔を使うことになった。
その時は陣痛が3分おきにはきていたけど、子宮口はまだ2センチしか開いていなかった。
夫に連絡をして、と言われ、本当に生まれるんだ、これ以上は我慢しなくていいんだ、と安心する。
元気のない声で電話をして、夫がくるのを待つ。
麻酔が入ると、少しずつ痛みは遠くなっていく。
あんなに痛かったのに、またスマホを触る余裕があるほど落ち着いた。
夫が来る頃にはケロッとしていて、急いで駆けつけた夫は拍子抜けしたことだろう。
言われていた通り、子宮の収縮も落ち着いてしまい、
「今日は産まれそうにないですね」
と医師に言われ、明日、再度誘発することになった。
説明を受けながら、
ああ、まあ明日も頑張るのか、、
と落ち込む。
夫がもう帰る、となった時、
パンっという音と共に、液体が流れ出た。
本当にパンって言うんだ、、と思いながら、助産師さんに伝える。
タイミングが良いのか悪いのか、破水していた。
それでもまだ産まれそうにないとのことで、夫は帰宅して待機することになった。
コロナ禍で立ち合いの制限があることが恨めしい。
私は麻酔を切るまで分娩室で待機になり、物々しい医療機材に囲まれた部屋を冷静に見渡していた。
破水して15分ほど経った頃、助産師さん4人が走って私の方にやってくる。
急に、しんどくないかと聞かれ、
何も分からないまま、酸素マスクがつけられた。
「深呼吸しててね」としんどくもないのに励まされる。
心電図モニターやSpO2モニターも付き、突然私は重症患者のようになった。
バタバタと動き回る周囲の人。
何が起こっているか分からない。
でも聞いている余裕もない。
主治医のエコーで赤ちゃんの無事が確認されると、ようやく説明があった。
「破水した影響で臍の緒が胎盤と赤ちゃんとで圧迫されて、一時的に赤ちゃんの心拍数が下がったみたいです。
でも今はもう落ち着いてるので、今のところは大丈夫です。
ただ、もしまた続くようなら、帝王切開になる可能性もあります。」
そんな赤ちゃんの危機的な状況に、母親は全く気づけないのかと驚いた。
またしばらく様子を見るために分娩室に置き去りにされる。
隣の分娩室ではお産が進んでいるようで、助産師さんや当直医はそちらに流れていった。
そして19:30、やっと麻酔は切られ、自室に帰ることになった。
2日目夜
夜間は赤ちゃんの心拍数を測る機械は外されていた。
でも、あの状況で自分が全く気が付かなかったことが不安で、
胎動も以前より弱いのが心配で、つけておいてもらうことになった。
麻酔の影響か気分は悪く、夕食は全く胃に入らなかった。
念の為、カロリーメイトゼリーだけ飲む。
体力はどんどん削られてきていた。
連日、陣痛に耐え、ベッドの柵を握りしめていたからか、肩も背中も、身体のあちこちが痛い。
痛みがどれだけ精神的にも身体的にもすり減らすのか、始めて知った。
21:00、陣痛誘発剤も打っていないのに、また陣痛が始まる。
2分おきに来る痛みの波。
夕方の陣痛よりもさらに強くなり、うめき声も叫び声も止められなくなった。
お腹を殴られて、さらにえぐり込まれるような感覚。
もう許して、と赤ちゃんに懇願する。
ナースコールを押す。
助産師さんは赤ちゃんの心拍数を測る機械の位置を調整したり励ましてくれたりして
部屋から出ていき、次には当直の医師を連れて入ってきた。
「陣痛のたびに赤ちゃんの心拍数が下がってきてて危ないかもしれない。緊急で帝王切開をした方がいいと思います」
もう何も頭に入らないほどお腹が痛い。
でも、この痛みから解放されるなら、赤ちゃんが苦しまずに無事に産まれてきてくれるなら、
お腹を切るくらいどうってことないと思った。
ああ、本当にもうすぐ会えるんだと思うと、痛みにも耐えられた。
もう痛みの限界はとっくに超えていた。
10のうち20くらいは痛かった。
朦朧としながら夫に電話をし、同意書にサインをし、
手術着に着替えたり点滴を付けられたり心電図モニターをつけられたり、
もう助産師さんに身を任せるしかなかった。
帝王切開
ベッドのまま、手術室に運ばれる。
待機室で待つ夫と顔を合わせる瞬間は陣痛が来ていなくて、
精一杯、元気そうな顔を見せる。
心配そうに「頑張れ」と声をかけられ、元気が出る。
エレベーターで1階下の手術室へ運ばれていく。
その時の重力が気持ち悪くて1回吐いた。
手術室で手術台に上がろうとも全く動けなくて、5人がかりで移してもらう。
のたうち回る私を諭しながら、処置はどんどん進んでいく。
背中に入れたカテーテルは抜かれ、尿バルーンを挿入され、背中から別の麻酔が打たれた。
すると、あんなに痛かった陣痛は消えて無くなり、お腹から下の感覚も無くなり、
足は全く動かなくなった。
顔とお腹の間には幕が張られ、あちら側の出来事は全く見えない。
それでも晴明な意識のまま、赤ちゃんを取り出す準備が始まった。
「メス」とか「クーパー」とか言っている声で初めて、手術が始まっていることを知る。
もうお腹は開いてるんだ、、と思いながら、なんとなく息苦しさを覚える。
このまま、呼吸筋まで麻酔が広がって、息が止まってしまうんじゃないかと恐怖が襲う。
手術前から震えていた手が、もう自分の意識とは裏腹に、ずっと痙攣している。
下顎の痙攣も止まらなくなってくる。
何もかもが、自分でコントロールできない何かに支配されている。
お腹は痛くないのに、息苦しくて、痙攣が怖くて、気分が悪くて、2回吐いた。
そして体感10分ほど経った頃、
「出るよ!」と言う声と共に、
「ほぎゃ〜」と弱々しい声がして、我が子の誕生を知った。
少しだけ赤ちゃんを触って、これで長かった妊婦生活も、辛かった陣痛も、全部終わったんだ、と、感慨深い思いになる。
そして、元気そうに泣く我が子にホッとする。
このまま心臓が止まったら、とか、酸素が足りなくて障害が残ったら、とか、いろんな可能性がよぎっていたから、
ただただ元気であることが、とてもありがたかった。
0:10。ちょうど日が変わった頃だった。
私たちはこの病院の先生、助産師さんに救われた。
生まれ落ちた赤ちゃんは、処置のためにすぐに連れて行かれた。
私はお腹を縫われている間も痙攣は止まらず、手術は無限に続いているような気がした。
このまま我が子に会えずに自分は死んでしまうんじゃないかと思い、怖くなる。
不安で仕方なく、助産師さんに手を握ってもらう。
温かい、優しい手だった。
それでもたったの1時間ほどだったらしい。
縫い終わり、テープが張られ、手術が終わったことを告げられた。
ベッドに乗せられて、自分のものでは無いような重い体を横たえたまま、夫と面会する。
さっき生まれたばかりの赤ちゃんを抱いた夫が待ってくれていた。
赤ちゃんは機嫌よく寝ている。
震える手を、夫に握ってもらう。
だんだん、少しずつ、震えが止まる。
「頑張ったね」「ありがとう」と言う夫の目は少し赤かった。
まとめ
痛みを避けようと選んだはずの無痛分娩のはずが、結局かなりの痛みを味わった。
そして産む瞬間は予定外に、
痛みが全くない、いきみもしない、
あっけないほど簡単に出てきた。
この時代だから、救われた命なんだと思う。
それでもまだまだ医療の進歩は追いついてなくて、
お産というものは今の時代の最先端の技術を持ってしても、
予想がつかなくて、痛みを伴うものなんだと知った。
だから、医療に関わる者として、更なる進歩に貢献したい。
今日助けられなかった誰かを助けられるように。
ただ、こうして書いているけれど、
不思議なことに、あの時の陣痛の痛みはかなり忘れてしまっている。
まだ産んで1ヶ月も経っていないのに。
それよりも生まれてきてくれた喜びや、赤ちゃんを助けてもらったことへの感謝でいっぱいで、さらに新しい生活でいっぱいいっぱいになりながら、
笑って暮らせる日々が幸せで仕方ない。
こんなに大変だったとしてもなお、またこの子の妹か弟ができることを、もうすでに願ってやまない。