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1/240の子育てを終えて

新生児というのは生後0日〜28日未満の子を指す言葉らしい。

生後28日目を迎えた我が子は、今日から乳児になった。

見た目は昨日と今日で何も変わらないが、

誕生した日の写真や動画を見ると、

今よりもあまりに、か弱い声で顔を真っ赤にして必死に泣く姿は

まさに赤ちゃんそのものだ。

手足も細く、力も弱いのに、

包まれたバスタオルの中で必死に動かしている。

生きることに必死だったあの頃と比べると、

乳児になった今日はどっしりしているように見える。

しっかり人の顔をしていて、すっかりお姉さんだ。

この子を産んだとき、

私はこれから20年間、この小さい赤ん坊を守って生きていくんだ、と思った。

それはあまりに責任が重く、

怪我をさせたり病気にさせたりしないか、

不安で自然と涙が出ることもよくあった。

彼女に出会ってから、

私は自分の弱さに向き合うことになった。

 

私は1人が好きだった。

妊娠中も、家で1人で過ごすことには何のしんどさもなかった。

1人での趣味には事欠かなかった。

1人で旅行に行ったり山に登ったり、絵を描いたり料理をしたり。

誰かと一緒より、自分1人が気が楽だった。

ただ唯一、食事の時だけは、

誰かに一緒にいてほしかった。

そうして1人でいることに慣れた自分は、

“強いから”1人でいると思っていた。

 

彼女が産まれ、私の生活の中心は赤子になった。

起きるのも寝るのも家事の時間も食事の時間も

彼女のペースに合わせた。

彼女が泣けば深夜であろうが起きて、

食事中であろうがオムツを変えて、

眠気に耐えながらも笑顔であやし続けた。

彼女がお腹が空いたと泣けば、

おっぱいをやったりミルクを作ったり、

汗をかいていたら

沐浴をしたり着替えをさせたり、

顔にぷつぷつができたり、オムツかぶれになりそうになったら、

保湿クリームを塗りたくった。

寝ている隙に、洗濯を回して干して、

干し終わった洗濯物を片付けて、

哺乳瓶を洗って消毒して、

オムツやミルクの残数を確認して、

育児の疑問があればスマホで必死に調べた。

まさに私は優秀な下僕だった。

そうこうしている間に、また赤子は何か要求を訴えるために目を覚まして泣く。

お腹が空いたのか、オムツが気持ち悪いのか、構って欲しいのか、

今はまだこの3つのうちのどれか。

それでも私は彼女に振り回される。

私には自分の時間なんてものはなくなった。

 

思えば私は他人にペースを乱されるのが苦手だった。

自分のペースでやり始めたことを

順序立てて計画して、

それを忠実に遂行していくのが好きだった。

だいたいは没頭して全力疾走でその計画を終わらせる。

その途中に割り込まれるのは好きではなかった。

そんな自分は知られたくなくて、

説明するのが億劫で、

そういう一面は他人に見られたくなかった。

他人の変化を望むより、

自分が変わる方が楽だったから、

どんな相手にでも合わせることはできるようになったけれど、

やっぱりそれは生きづらくて、

結局は1人になることを好んだ。

自分が苦手なことを避けた結果の、1人だったのだ。

 

だから赤子との生活は修行そのものに感じた。

妊娠中の幸福感も産後のハイテンションも何処へやら、

自分の思い通りに動けない、

籠の中の鳥のような気持ちになる。

だからといって全て放り出して飛び出したいかと聞かれると、

きっと赤ちゃんのことが気になってすぐに帰ってきてしまうことは目に見えている。

彼女はとてもかわいいのだ。

何をするよりも優先したくなるほど、

自分の全ての時間を捧げられるほど。

おっぱいを飲んで、そのまま疲れて寝入る姿も、

まだ見えていないはずなのに、私を見つめているようにみえる目も、

鼻から出そうで出ない鼻くそも、

頭の上でひょろんと巻いて立っている癖毛も、

全てが愛おしい。

それなのに、ただ自分の思い通りにならないからというだけで、

とてもしんどくなってしまう瞬間に、

私は弱い人間だと感じるのだ。

 

それに対して彼女は強い。

産まれたときから。

空腹になれば満たされるまで泣いて訴え、

なんとかおっぱいに吸い付き、

足りなければまた泣いて訴える。

ただ構ってほしいときも、

抱き上げられるまで、こっちを振り向かせるように泣き、

寝るまで抱いてくれないと、何度でも起きていくらでも泣く。

その体力と、めげない要求に、

母はあっさり完敗する。

昼の12時にはすっかり疲れ果て、

赤子が寝てくれることを切に願っている。

 

そして彼女はまだまだ強くなってきている。

あの頃はすぐにおっぱいを離して眠ってしまっていたのに、

今は力強く吸い付いてなかなか離さない。

なかなか飲みきれなかったミルクも、

今では80mlを一気飲みできるようになった。

か弱かった泣き声も、耳が疲れるくらい大きくなった。

帝王切開後の母の腹を優しく蹴った足も、

抱っこされているところから飛び出せてしまうくらい、強く蹴るようになった。

そして軽々持ち上げられた身体は、前よりずっしりと重くなった。

それが新生児から乳児になった彼女の成長の証なのだ。

 

強くない私も彼女と向き合いながら、

少しは強くなったのかもしれない。

もう彼女のペースに抗わなくなった。

自分のペースも少しは調整できるようになった。

夫にたくさん頼れるようになった。

上手くいかなかった里帰りのことも、

もう笑い話にしてしまえる。

彼女を守る240ヶ月のうちの1ヶ月が終わった。

長い長いこの先の時間の中で、

私と彼女はどんなふうに関わり、

彼女が巣立つまでの短い期間を

楽しく幸せなものにできるだろうか。

思い出しては笑えたり、懐かしくて少し涙が出たり、

そんな記憶のかけらを残せるように、

まだ記憶に残らない今から彼女に愛を伝えたい。

社会に出て自分の足で歩いていくときに、

しなやかな強さを持っていられるように。

そして私は自分の弱さと向き合い続ける日々が続くんだろう。

それに負けないように、向き合って、

私も彼女のように強くなっていきたい。