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学生さんの力〜患者側から見た実習生〜

出産のために入院した病院で、ちょうど看護学校から実習生が来ていた。

入院と同時に、学生がついてもいいかと看護師さんが聞きに来た。

私は患者として学生と関われることに興味があり、快諾した。

その実習生から学んだことはとても大きく、理学療法士の学生にも伝えたい、昔実習生だった頃の自分にも伝えたい、と思った。

それは、

実習を頑張っているその姿こそが、患者を励ます

ということだった。

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間違えないように、は不要

初めての日、学生さんが先生とともに挨拶に来てくれた。

彼女は緊張の面持ちを隠せておらず、初めの会話はぎこちなかった。

初日から、体調をこまめに聞きに来たり、バイタル測定に来たりしてくれた。

バイタル測定はやはりまだ慣れていないためか、手際が悪くて、測定することに必死でその間は無言になっていた。

血圧を測ること1つとっても、頭の中にあるカンペを必死に読みながら、間違えないように、間違えないようにと、

目の前にいる患者である私とは別の”何か”と戦っているように見える。

もちろん、その間に体調を聞いたり、流暢に話すことなんてできない。

きっと間違えずにできたのであろうことは、少しホッとしたような表情からも手にとるようにわかる。

なんとなくこちらも気を遣い、学生さんのことを聞いてみる。

「実習大変?」とか「どこから来てるの?」とか

当たり障りのないことを3つ4つ聞いてみると、少しずつ自分のことを話してくれた。

 

私も実習中は、間違えたら怒られる、詰められるという経験をよくした。

例えば、理学療法評価でBerg Balance Scaleを取ろうとした場合、

手際のいい順番でできなかったり、使用する物品が準備不足だったり、患者さんへの説明が伝わりにくかったり、

初めてのことは上手くいかなくて抜けていることも多くて、でもそれを毎回怒られるんじゃないかと思って怖かった。

でもそれは患者からすると関係のないことで、

間違えることに怖気づいていることはバレている。

なんとなく患者側も気を遣ってしまう。

それでも許してくれるような人が学生の症例としては選ばれるのだけれど、

もっと自信を持ってほしいなあという気持ちもある。

こっちが不安になるからとかではなくて、

すでに実習という大きな挑戦をしてるんだから、

それだけでもすごいんだよ、と思う。

責任のある仕事なのは知ってるから、

そこに進もうとするあなたはもうすでにすごいんだよ、と思った。

失敗せずに実習を終えたい気持ちは痛いほどわかるけど、

失敗できる今のうちに、許してもらえるうちに、カバーしてくれる人がいるうちに。

そんな親心を持って学生さんを見ていました。

でも、自信を持つことと偉そうにすることはまた別で、

丁寧な対応だけは忘れないようにしたいですね。

そして、間違えないように準備を手伝って、間違えても患者さんに害のないように環境を整えることは、バイザーの仕事。

自信を持って欲しいですね。

 

信頼できる人がいること

看護師さんの実習では学校の先生がついてきてくれるようで、初めのうちは先生も一緒にいたが、

学生さんはその先生と普段から仲良くしていそうで、先生に対しては怖気づくことはなかった。

先生は学生さんが必死で無言になると、フォローの声かけをしてくれていた。

とてもニコニコされていて、学校で教えるような接遇態度の身についた人だった。

現場の看護師さんにも気を遣いつつ、学生と患者の関係性をよくみている様子だった。

 

理学療法士の実習では、多くの場合、学生が一人で実習施設に放り込まれ、

知り合いもいない状況で、バイザーと1日中2人きりで過ごさないといけない。

患者にもバイザーにも気を遣い、怒られないか不安に思いながら毎日をやり過ごす。

必要な緊張感はあるけれど、バイザーとの関係に気を遣わせるよりも、

患者さんの容態をよく見て欲しいし、

表情や態度の変化に気づいて欲しいし、

患者さんといい関係性を気づいて欲しい。

そのためには、同じ学校の学生や先生といった、”信頼できる人”と一緒に学べる環境があったらいいのになと思う。

もちろん、今の理学療法実習のあり方では、バイザー側が学生に歩み寄る姿勢も必要だとは思うけれど。

 

陣痛のとき

学生さんは2日目から、やりたいことを考えてきて、

「今日はこれをさせてください」

と言いにきてくれた。

バイタル測定と足浴と腰のマッサージと。

もちろん、「お願いします」と答える。

2日目はすでに陣痛もきていて、まだ我慢できるくらいの痛みではあったけれど、顔をしかめるくらいには痛かった。

足浴もマッサージも上手ではなかったけれど、

じっとしているよりは痛みは和らいだ。

特に足浴は、入浴もできない状況だったこともあり、また普段から他の人に足を洗ってもらうことなんてないこともあり、気持ちがよかった。

現場の看護師さんには足浴なんてする余裕がないのは知っていたし、

学校の先生もそう言っていた。

陣痛が強くなってきてからは、2時間近くも腰をさすったり、マッサージをしてくれていた。

学生さんも、痛がる私をみて、必死になってくれているのはよくわかった。

その頃には会話も続くようになっていたので、

話をしているだけでも少しは気が紛れた。

背中から硬膜外麻酔をするためのカテーテルを入れていたけれど、忘れているのか触ろうとするのでそれはとめた。

ぎこちない、硬いマッサージは、お世辞にも上手とは言えなかったけれど、

”自分のために何かをしようと頑張ってくれる”というのは

痛みや苦しさを減らしてくれるんだなと知った。

この子も頑張ってるから、自分も頑張ろうと思えた。

そして、夜に本格的な陣痛がきたときには、

学生さん、来てくれないかな、とまで思った。

 

学生だからこそ、患者にできることがあるんじゃないかと思う。

まだまだ荒削りで、失敗もするからこそ、

あ、この子は本気だな、と思う。

私はこの学生さんに理学療法士だということを明かしていたから、

もしこの学生さんが「マッサージはやめておこう」と思っていたら、

私は下手なマッサージは受けずに済んだだろう。

この学生さんが痛みを怖がって、陣痛中に下手なことをするのを怖がって私の部屋に来なかったら、

私は一人きりで、あの痛みと戦っていたんだろう。

そうやって失敗は避けられても、

そこになんの意味があるんだろう?

患者のために、と思ってしたことは確かに裏目に出ることは多々あるけれど、

傷つかないことは私たちの仕事ではない。

そんな当たり前のことを、再確認した。

 

まとめ

学生には学生だからこそ持つ力があると思います。

病院という患者にとっては慣れない施設の中で、

自分と同じように慣れない中、頑張っている学生の姿は

患者を元気付ける、励ます力になると思います。

間違いを恐れずに、患者さんのためにしたことは

患者さんを元気付ける力になると思います。

育休を終えてまた学生指導に関わることになったときに、

自分が患者側として身をもって知ったこの経験を

理学療法士の学生に伝えていきたいと思います。