私には職人というものへの憧れがある。
自分の手仕事への厳しさと、
その洗練された技術と、
美しさの感性と。
そうやって仕事に打ち込む姿勢に
憧れを持つ。
先日、夫と娘と3人で花火を見た。
コロナ禍で花火大会は中止が続き、
3年ぶりに見た花火だった。
夜の空に上がる大輪の花。
これに花火師たちは1年をかけて挑むらしい。
その一瞬の美しさのために、
そのひと時を楽しむ人のために、
彼らは腕を磨く。
今年の花火では今まで見たことがないような、
開いた後に火花が円を描くような、
動きのある花火を見た。
きっとこの3年間の研究の賜物なのだろう。
研究というのは、
研究計画を立てて、
目的や方法を明らかにして、
結果を統計解析して、
それを先行文献をもとに考察する。
そんなプロセスで進めないといけなくて、
私はそのプロセスの過程でポイントを見逃したり、
計画の段階で詰めが甘かったり、
思いつきで動き始めてしまう私には
相性の悪いもので、苦手意識があった。
花火師たちにとって研究とはなんだろう。
火薬の詰め方、色が出るタイミング、
それぞれの花火の上がる高さと、
それらが彩る夜空の広がり。
そのようなことを想像して、
試作を重ねて、
失敗を重ねて、
初めて完成するんだろう。
これまでを振り返ると、
自分の思った通りの結果になる、
いわゆる成功しか受け入れられない自分の性根の小ささがあり、
失敗を繰り返すことを嫌い過ぎてしまう。
何もかもを綺麗に終わらせようとするあまり、
挑戦を避けてしまう。
そんな自分を越えたい。
もっと失敗したらいい。
もっと挑戦したらいい。
もっと手を動かし頭を動かして、
その結果にこそ、人の心を動かすものができあがる。
口の上手さや小手先の技術ではなく、
じっくり練り上げたものを世に出したい。
理学療法士としての技術も知識も、
もっと高められるはず。
自戒を込めて。